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山口地方裁判所下関支部 昭和48年(モ)99号 判決

申請人 北西豊

右代理人弁護士 田川章次

同 岡村親宣

同 於保睦

被申請人 ニチモウ株式会社

右代表者代表取締役 宮本武徳

右代理人弁護士 廣澤道彦

主文

一、当庁が、昭和四八年(ヨ)第三〇号配置転換禁止仮処分申請事件について、同年五月四日になした仮処分決定を認可する。

二、訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、申請人

主文一、二項と同旨。

二、被申請人

1  当庁が昭和四八年(ヨ)第三〇号配置転換禁止仮処分申請事件について、同年五月四日になした仮処分決定(以下本件仮処分決定という)を取り消す。

2  申請人の本件仮処分の申請を却下する。

3  訴訟費用は申請人の負担とする。

第二、当事者の主張

一、申請の理由

1  当事者

(一) 被申請人は、網綱、漁業資材の製造販売等を目的とし、資本金は一六億二、〇〇〇万円、肩書地に所在する本社のほか、全国各地に三つの工場と九つの営業所を設け、約一、〇〇〇名の従業員を有する株式会社であり、下関市には、被申請人会社にとって最大の工場である下関工場(従業員三六二名)がある(なお、被申請人会社は、従前日本漁網船具株式会社と称していたが、昭和四六年一二月二〇日、石油部を分離してキグナス石油株式会社とし、昭和四七年二月一日、商号をニチモウ株式会社と改めた。)。そして、被申請人会社には、総評繊維労連に加盟するニチモウキグナス労働組合(組合員六〇〇名・以下第一組合という)と昭和四七年七月二日結成されたニチモウ労働組合(組合員四〇〇名・以下第二組合という)とがある。

(二) 申請人は、昭和三一年三月、被申請人会社に雇傭され、下関工場製網部(現在の仕立部)に配置されたが、昭和四〇年六月以降は、同工場仕上課熱処理染色部に配置されて、漁網染色の作業に従事しているものである。そして、被申請人会社に入社後直ちに、第一組合の前身である日本漁網船具労働組合(同工場の従業員のみで組織)に加入し、昭和三三年同組合青年婦人部副部長、昭和三五年執行委員となったが、昭和三九年九月一三日、同組合が全社規模の単一組織である日本漁網船具労働組合連合会(これはその後日本漁網船具労働組合と改称し、更に、前記キグナス石油株式会社の設立に伴い、昭和四七年二月一日、ニチモウキグナス労働組合と改称した。)となるや、本部執行委員となり(昭和四二年には下関工場支部の書記長も兼任)、昭和四三年から昭和四六年までは、本部副委員長(専従)として東京で組合業務に専念し、同年一〇月、本部専従を終えて下関工場に戻ると共に同工場支部副支部長となり、昭和四七年九月以降は、同支部支部長として、同工場における組合活動の中核となっている。

2  配置転換命令

被申請人は、昭和四八年五月一日、申請人に対し、同日付で底引課(仕立)勤務を命ずる旨の意思表示(以下本件配転という)をなした。

3  本件配転の無効事由

(一) 同意条項違反

(1) 被申請人会社と第一組合との間に、昭和四三年二月一五日に締結された労働協約第五九条には、「会社は、組合本部役員及び支部四役の異動、……については、組合の同意を得なければならない。」と定められており、右にいう支部四役とは、支部長、副支部長、支部書記長及び支部会計をいうから、下関工場支部長である申請人の異動については、当然右条項の適用がある。

(2) しかるに、被申請人は、第一組合の同意を得ないまま本件配転をなしたものであるから、これは明らかに右条項に違反し無効である。

(二) 不当労働行為

(1) 第一組合は、当初産業別全国組織たる全繊同盟(以下同盟という)に加盟していたが、昭和四六年、政党支持の自由を方針として特定政党支持決議をしなかったことから、同盟よりその綱領に従わないものとして、「脱退か全面服従か」を迫られ、同年四月三〇日、全員投票の結果同盟を脱退した。

(2) 被申請人会社は、第一組合が右のように同盟から脱退し、民主的に活動して固い団結を維持していることを嫌悪し、これを丸抱えのいわゆる御用組合にしようと考え、次期委員長に就任することになっていた件外伊藤英行を抱きこみ、昭和四七年一月二五日、同人と当時の副委員長白石季郎の両名を東京銀座の料亭「遊喜利」に招き、この席で美濃部専務ら会社幹部が組合の人事に介入し、右白石に対し、右伊藤と共に会社の手足となって組合を運営するよう工作した。ところが、右白石がこれを肯んぜず、組合も右支配介入行為を追及したため、被申請人会社は、右事実につき謝罪し、今後は組合活動に干渉しない旨約した。

(3) しかるに、被申請人会社は、その後もますます第一組合を敵視し、昭和四七年春闘に際しては、団体交渉を拒否し、同組合への支配介入と中傷を繰返したうえ、同年七月二日、下級職制をして第二組合を結成させ、その後も第二組合の育成拡大をはかる一方、管理職や職制を使って第一組合の組織の切り崩しを強行している。

(4) ところが、第一組合の団結が固く、第二組合は、組合結成後半年経た時点でも、東京本社では過半数を制したものの、生産拠点としての下関工場においては、三分の一をこえることができず、全社的には過半数に達しない小数組合にとどまっていた。そのため被申請人会社は、下関工場における第一組合を切り崩すためには、その中心となっている同組合下関工場支部の支部長である申請人を、まずその拠点となっている染色の職場から他に転出させる必要があると考え、本件配転をなすに至ったものである。

(5) 以上の経緯から明らかなように、本件配転は、被申請人会社が、第一組合の組織の破壊をねらってなした支配介入であり、不当労働行為であるから無効である。

4  保全の必要性

以上述べたとおり本件配転の違法性は強く無効であり、申請人は依然として下関工場仕上課熱処理染色部に所属するものであるが、申請人がこれを拒否した場合、直ちに懲戒解雇処分に付されるおそれがあり、申請人は、著しい損害を蒙ることになる。また、本件配転が強行された場合には、染色の職場には中心となる活動家がいなくなり、同職場が切り崩され、その動揺によって、下関工場全体の第一組合が切り崩され、少数組合に転落するおそれがあり、憲法二八条の保障する団結権に対し、著しい損害を及ぼすと共に、同条の保障する団体交渉権行使の結果としての労働協約に対する急迫の強暴を許すことになる。

5  結論

以上の理由によって、被申請人が申請人に対してなした本件配転の効力を仮に停止する旨の本件仮処分決定は正当であるから、申請人は、右仮処分の認可を求める。

二、申請の理由に対する認否

1  申請の理由1(当事者)の事実は、被申請人会社下関工場の従業員数、第一、第二組合の組合員数、申請人が仕上課熱処理染色部に配置された時期、及び申請人の入社後昭和四三年九月までの組合歴を除いて認める。下関工場の全従業員は約四五〇名、第一組合所属の組合員中、被申請人会社の従業員は約四四〇名、第二組合の組合員は約三七〇名である。申請人は、昭和三八年四月二五日、仕上課熱処理染色部に配置され、昭和四三年八月まで同部に勤務したが、同年九月から昭和四六年一〇月一日までは組合専従者として休職となり、専従解任後同部に復帰したものである。申請人の入社後昭和四三年九月までの組合歴は知らない。

2  申請の理由2(配置転換命令)の事実は認める。

3  申請の理由3(本件配転の無効事由)の事実について、

(一) 同(一)(同意条項違反)の事実はすべて認めるが、本件配転が無効であるとの主張は争う。

(二) 同(二)(不当労働行為)の事実中、(1)は不知、その余はすべて争う。申請人主張の日時場所において、主張の者が会食した事実はあるが、会食の趣旨は事実に反する。また、申請人主張の日に第二組合が結成されたことは事実であるが、右組合の結成については、被申請人会社は全く関与していない。

4  申請の理由4(保全の必要性)については争う。

三、抗弁

申請人の転属に対する第一組合の不同意は、以下において述べる理由により同意権の濫用である。

1  労働協約第五九条に関する慣行

労働協約第五九条の制定に際し、会社と組合との間に、この条項が会社の人事に支障を来さないよう労使が十分話し合って決めるという合意が成立し、このことを前提として被申請人会社は、「組合の同意」という表現を認めたものであり、その後組合役員の異動については、常に労使間の話合が事前に行われ、会社が組合の申出により一、二発令を延期したことはあったが、本件配転に至るまで、かつて同意の得られなかったことはなかった。従って、右のような運用は既に定着した慣行となっていたものというべきである。

2  下関工場における配転の必要性

(一) 底引網生産の増大

被申請人会社における昭和四三年から昭和四七年までの五年間の漁網部門全体の売上の伸びは三一億円であるが、そのうち二二億七、〇〇〇万円は底引網の売上の伸びによるものである。そして、下関工場における右期間の全生産高の伸びは六億八、〇〇〇万円であるが、そのうち底引網の生産高の伸びは五億円で、その殆どが底引網に依存していることが明らかである。このような生産高の伸びに比例して、右期間における作業時間も毎年伸びており、昭和四八年二月一日現在、底引課仕立部に最低一名の増員が必要であった。

(二) 現業と営業との人事の交流

現業と営業との人事の交流は、特に現業から事務営業への転出を指向するものであるが、この点については、昭和四五年一一月の経営協議会において協議され、組合もこの方針を了承し、その後具体的に実施されていたものである。被申請人会社の営業特に底引の営業は、単なる商取引の遂行ではなく、直接ユーザーである船長や漁撈長等に対する技術的コンサルタントの役割を果す結果として、その信頼が商売につながってゆくのである。従って、近年底引営業の拡大とあいまって、底引現場技術習得者に対する営業からの要請は強く、この線に沿った指導教育と人事異動を行っており、下関工場における底引課特に仕立部は、その技能の中心となる部門である。

(三) 人員配置の実情

そこで、昭和四八年一月三一日現在の、下関工場における各作業場の人員配置をみると、編網課編網部、輪具部、無結節部の男子はいずれも機械技術要員であり、ここからの転出は不可能である。また同課整理部と仕上課仕上部、熱処理染色部熱処理については、いずれも男子が一、二名の職場であり、ここからの転出も不可能である。従って、転出の可能な部門は、申請人の所属する仕上課熱処理染色部染色しかないというのが実情であった。そして、右染色部門の作業配置人員基準は男子が五名であるのに、当時男子社員は主任を除いて六名おり、一名が余剰となっていた。しかも、染色部門の作業量の推移をみると、テグス網の作業量は拡大していたが、高圧染の作業量は低下の方向にあり、加えて、テグス網原糸着色に伴う染色加工不要化の方向にあり、男子一名が転出するのに最も適した部門であった。

(四) 申請人を転出要員とした理由

以上のような底引網の生産量の増大に伴い仕立部門の作業量も増大したが、底引網の生産過程のうち最も重要な部門は仕立作業であり、その技術の良し悪しが漁獲性能に影響を与え、底引網の優劣は仕立によって決るといっても過言ではない。しかも、船の大型化、深海漁場の開発、漁場の拡大等によって底引資材も多様化し、これに伴って仕立技術にも革新が行われ、その技術、技能は相当高度かつ経験を要することから、仕立及びワイヤー加工等の経験者一名を増員する必要があり、前記のように唯一の転出可能な部門である仕上課熱処理染色部染色所属の男子六名につき検討した結果、申請人を転出要員とするのが最適であると判断されたものである。

3  本件転属についての交渉の経緯

被申請人会社は、昭和四八年一月一一日、第一組合に対し、申請人を同年二月の異動で底引課仕立部に転属させることにつき同意を求め、下関工場長長田繁も申請人に対し、右転属についての意向をただしたところ、申請人は、翌一二日右長田に対し、個人としては右転属につき問題はないが、組合としては現在の事情の中で支部長が異動することに反対であるとの結論に達したと述べ、第一組合は、同年一月一九日、会社に対し、右転属に同意しないと回答し、その理由として、申請人が底引課に行くと、仕上課に執行委員が一人もいなくなると述べた。しかし、右は事実に反し、申請人が去った後も仕上課には西山支部執行委員がいるので、被申請人会社は、同月二四日、組合に対し、この点を指摘して再度同意を得るための申し入れをしたところ、組合は、同年二月五日、改めて不同意の意思表示をし、その理由として、(1)管理職、職制により組織の切り崩しが行われている、(2)申請人を転属させることは仕上課から組合活動家を排除することである、(3)底引課に組合支部の活動家を集めて隔離しようとするものである、(4)申請人は第一工場における組合の中心であるとの四点を挙げた。

以上のように組合側の理由が三転し納得できないので、被申請人会社は、同月七日付の文書により、組合に対し、申請人の転属に関して労使協議会を開催したい旨申し入れたところ、第一組合は、同月一二日に開催された労使協議会の席上で、この点につき後日改めて回答する旨約したが、同月二二日に至り、右約束を一方的に破棄し、その後同年三月二日から同年四月一一日までの間に六回、被申請人会社が労使協議会の開催を申し入れたのに、いずれもこれを拒否した。そこで、被申請人会社は、やむなく本件配転をなしたものである。

4  組合活動上の支障の不存在

下関工場においては、道路を隔てて存在する二つの工場を便宜第一工場及び第二工場と称しているが、これらはすべて下関工場長の管轄、指揮下にあり、第一組合の支部も下関工場内全部を支部組織の対象としている。そして、申請人は、同工場支部の責任者であり、染色部門から底引課に転出したとしても、何ら組合活動に支障は生じないはずである。

以上の次第であるから、申請人の転属に対する第一組合の不同意は、被申請人会社における労使間の慣行に反し、特段の理由もないのに会社の人事異動の必要を無視するものであり、権利の濫用であるから許されない。従って、前記のように組合の同意がないからといって、本件配転の効力を左右するものではない。

四、抗弁に対する認否と反論

1  被申請人会社が、昭和四八年一月一一日、第一組合に対し、申請人を同年二月の異動で底引課仕立部に転属させるにつき同意を求めたこと、第一組合が、同年一月一九日、会社に対し、右転属に同意しないと回答し、その理由として、申請人が底引課に行くと、仕上課に執行委員が一人もいなくなると述べたこと、右理由として述べたことは事実に反すること、第一組合が、同年二月五日、会社の申し入れに対し、改めて右転属につき不同意の意思表示をし、その理由として、被申請人主張の四点を挙げたこと、同月一二日、被申請人会社の呼びかけにより、組合との間に労使協議会が開催されたこと、及びその後被申請人会社から再三労使協議会開催の申し入れがあったが、組合はこれに応じなかったこと、以上の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。第一組合が同年一月一九日に述べた前記理由は明白な誤りであったので、組合は直ちにこれを徹回している。そして、第一組合が同年二月五日の回答で述べた前記理由は、組合の当初の見解と何ら変るものではなく、また、これが最終的な見解であった。その後、被申請人会社から再三にわたり経営協議会開催の申し入れがあったが、組合としては、右見解は変らないので、右申し入れに応じなかったものである。被申請人会社は、従来第二組合とは、経営協議会や労使協議会を頻繁に開催しながら、第一組合とは一切これを行わなかったものである。しかるに、本件配転に関してのみ右のように再三にわたって経営協議会の開催を申し出たのは、その年の春闘に新しい争点を持込んで組合の力を分散させると共に、あとで同意権の濫用を主張するための布石であると考えざるを得ない。

2  被申請人は、下関工場における配転の必要性をいうが、その理由とするところは、以下において述べるようにいずれも事実に反し、失当である。

(一) 底引網生産の拡大について

被申請人の主張する売上金額の伸びが、直ちに生産の伸びを示すものではない。下関工場における生産量をみると、昭和四六年以降、底引網の伸び率は一〇パーセントであるのに対し、申請人の職場で生産される流し網の伸び率は二〇パーセントである。しかも、本件配転後は、底引網の生産は減少の一途をたどり、昭和五〇年には昭和四八年当時の半分くらいに落込んだ。これに反して流し網については、昭和五〇年の春闘において、被申請人会社が組合に対し、「昨年の実績である七万反を九万反にしたい」と提案し、実際には約一〇万反の生産が達成されている。そして、仕立部は拡大の傾向にあるとの被申請人の主張にもかかわらず、昭和四八年一月三一日当時二五名あった同部の人員が、昭和五一年二月現在では一八名に減少している。これに反して染色部門は、その後増員されているのが実情である。

(二) 現業と営業との人事の交流について

被申請人が主張するように、昭和四五年の経営協議会において、人事交流の方針が確立されたことは事実であるが、実際には、第二組合の結成者である件外伊藤英行が営業(本社漁網部販売一課)に転出したにすぎない。しかも、被申請人の主張にもかかわらず、同人は、底引部に所属していたもので、仕立の技術は全く知らなかった。

(三) 人員配置の実情について

被申請人は、編網課編網部及び整理部等他の部門からの転出は不可能であると主張するが、仕立部の八幡主任は編網部から転出したものであり、また、染色の石田係長は整理部から転出したものである。そして、染色部門に一名余剰があるというけれども、昭和四六年一〇月、申請人が組合専従を解かれて染色に復職した際、一名余剰があるということで広島社員が生産課に転出したが、組合分裂後の昭和四七年九月、倉庫部から義永係長が主任として転入したため再び一名余剰となり、昭和四八年二月、中谷社員が転出して右余剰は解消されたかにみえたが、整理部より石田係長が転入し、更に、昭和四九年には、倉庫部より谷村係長が転入したものである。右のとおり、被申請人会社は、余剰人員があるといいながら、これを解消する意思を示しておらず、結局これは、申請人を染色から追い出すための口実であるとしか考えられない。

(四) 申請人を転出要員とした理由について

被申請人は、仕立部に仕立及びワイヤー加工等の経験者一名を増員する必要があり、申請人がこれに最適であったと主張するが、同部では現在ワイヤー加工は行っておらず、仮にそれが必要であったとしても、ワイヤー加工の経験者は現在仕立部にいるから、これをもって申請人を最適とする理由にはならない。

3  労働協約第五九条は、前記条項どおり組合の同意を要するものであることはいうまでもない。そして、従来同意するかどうかは組合の自主的な判断で行っていたものである。組合が分裂するまでは、会社があらかじめ組合に同意を求め、組合において組合運営の必要性等を検討し、更に本人の意向を聴取した後、会社に対して回答する慣行となっていた。その間、札幌支部の山内支部長につき、昭和四三年四月転勤の話しがあったが、組合の反対によって同年九月まで発令が延期される等、組合の主張が容れられた事例もあった。ところが、被申請人会社は、組合分裂後は右慣行を無視し、組合の同意を得ないまま本人に事情聴取を行い、異動を口実に組合からの脱退工作を行うようになった。

4  もともと労働協約第五九条は、人事に関する経営内規範として、強行的効力を有するものであるから、この条項に反する会社の人事行為は無効であるが、特に同条は組合役員の異動に関するもので、一般組合員に対する人事同意条項とは異なり、組合が会社と対等の当事者として自己の都合と判断により、独自にその立場を決しうるものである。これは憲法の保障する団結権から導き出されるものであり、会社の所有権(これに由来する人事権)と同等性を有する権利である。従って、会社が組合の同意拒絶の理由を問題とし、これを同意権の濫用とすること自体組合に対する支配介入であり、不当労働行為として許されないが、仮に同意権濫用の理論の適用があるとしても、第一組合が、本件配転につき同意しなかったことが、権利の濫用になるということはありえない。

第三、疎明関係《省略》

理由

一、申請の理由1(当事者)の事実中、被申請人会社下関工場の従業員数、第一、第二組合の組合員数、申請人が仕上課熱処理染色部に配置された時期、及び申請人の入社後昭和四三年九月までの組合歴以外の事実は、当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、昭和四八年四月三〇日現在における被申請人会社下関工場の従業員数は、管理職を除いて三四四名であること、同日現在における同工場の第一組合員は二二一名、第二組合員は一二三名であること、申請人は、昭和三八年仕上課熱処理染色部染色に配置されたが、昭和四三年一〇月組合専従となり、昭和四六年一〇月専従解除と共に右染色に復帰したものであることが認められる。

二、申請の理由2(配置転換命令)及び同3の(一)(同意条項違反)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

三、そこで、同意権濫用の抗弁について判断する。

1  労働協約中に、個々の労働者の懲戒、異動、昇進等の人事を行うにつき労働組合の同意を要する旨の条項がある場合、一般的にこれを人事同意条項と称するが、このような人事同意条項は、強行的効力を有するものとしてこれに反する人事行為は無効であると解する。けだし、これは、労働組合が右条項に従って、本来使用者に帰属する人事権に関与することが労働者の地位の安定と向上に役立つとの理念によるものである。従って、使用者側に当該人事を必要とする相当な理由があり、かつ、これを組合側に理解させるべく努力を尽したのに、組合がこれを全く無視し、何ら合理的な事由もないのに、いたずらに同意を拒絶するような場合には、使用者は、これを信義則に反し権利の濫用であるとして、組合の同意を得ないまま人事を遂行することが許されるものというべきである。

ところで、前記労働協約第五九条は、右に述べたような一般組合員についての人事同意条項ではなく、その対象を「組合本部役員及び支部四役」に限定しているのであるから、このような条項については、右に述べたところがそのままあてはまるものではない。すなわち、同条項の制定の趣旨は、一般組合員に関する人事同意条項のように個々の労働者の地位の安定と向上にあるのではなく、労働者の団結権の尊重を基盤として、労働組合が使用者と対等の立場に立って労働者の労働条件の維持改善等を図ることにあると解すべきである。従って、被申請人会社としては、右条項を作成したことによって、労働組合の正当な活動を保障するために、右範囲の組合役員につき、自己の有する人事権の行使を「組合の同意」を限度として規制することを約したものであり、被申請人会社が申し出た人事について、組合が、その運営上の必要に応じて、自主的判断によって同意するか否かを決することを認めたものというべきである。しかも、この同意条項の対象となるのは、右のように限定された範囲の組合役員にすぎないから、実際上も、当該役員の人事に組合の同意が得られないことによって会社が被る不都合、不利益は、左程重大であろうとは考えられないのであるが、たとえ会社に当該人事を必要とする相当の理由があったとしても、右に述べた同条項の趣旨に照らすと、これをもって直ちに、会社が組合の同意を得ないまま人事を遂行しうる要件とはなしえないというべきである。ただ、当該人事が余人をもっては代え難く、これが行われないことによって、会社の存立に致命的な影響を及ぼす等特段の事情があり、しかも、組合がこれを同意しないことにつき正当な理由の認められない場合に限って、組合の不同意が権利の濫用となりうるものというべきである。

2  そこで、被申請人の主張につき、以下において順次検討を加える。

(一)  労働協約第五九条に関する慣行について

証人山田光男の証言によると、昭和四三年二月一五日、前記労働協約が締結されてから本件配転に至るまで、第一組合が組合役員の人事につき同意しなかったことは、本件配転以外に例がないこと、同年四月、同組合札幌支部長山内雄策の転勤につき、被申請人会社が非公式に組合の意向を打診したところ、支部長としての任期中であり、かつ、当時が春闘の最中であることを理由に組合が反対したため、その発令を同年九月一日まで延期したこと、昭和四六年九月の異動に際し、被申請人会社が、組合役員として任期中であるとの組合の意向を汲んで、同組合東京支部岩永支部長の昇進発令を一ヵ月延期し、同支部富永副支部長及び植田会計の転勤発令後の着任を一ヵ月猶予したことが認められる。しかしながら、労働協約第五九条の制定に際し、「組合の同意」の文言にもかかわらず、この条項が会社の人事に支障を来さないよう、労使が十分話し合って決めるという合意がなされたとの点に関する《証拠省略》は信用できないし、他に右事実を認めるに足りる疎明はない。そして、以上の認定事実をもって直ちに、組合が役員の人事につき同意する旨の慣行が成立したとは認められないし、他に右慣行の存在を認めるに足りる疎明はない。

(二)  下関工場における配転の必要性について

《証拠省略》によると、抗弁2において被申請人が主張する事実が認められる。しかしながら、右事実によっては、本件配転が余人をもっては変え難く、これが行われないことによって、被申請人会社の存立に致命的な影響を及ぼすものとは認められず、他にこの点を認めるに足りる疎明はない。

3  従って、被申請人主張のその余の事実につき検討するまでもなく、第一組合の不同意が権利の濫用であるとの抗弁は失当である。

四、よって、申請人の主張する不当労働行為について判断するまでもなく、本件配転は無効であり、申請人は、依然として下関工場仕上課熱処理染色部に所属するものであるが、被申請人はこれを争うものであり、申請人がこのまま本件配転を拒否し続けた場合、右配転命令を前提として、懲戒解雇等不利益な処分を受けるおそれのあることは容易に推認されるところであるから、仮処分によって緊急の措置を求める必要性があるものというべきである。

五、以上の次第であるから、被申請人が申請人に対してなした本件配転の効力を仮に停止する旨の本件仮処分決定は正当であるから、これを認可すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大須賀欣一 裁判官 梶本俊明 野田武明)

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